タイトル・桐生織物
 
        
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 桐生市は関東平野の北部、群馬県の東端に位置し栃木県との県境にある。桐生市は明峰赤城山を西に望み、四囲に山々をめぐらし街の東には桐生川、西には渡良瀬川の二つの清流があり、その清流に挟まれた盆地の中に発達した山紫水明な街である。桐生の歴史は古く古代にその端緒を発しており縄文、弥生時代の先住民族の居住跡が発見され考古物、遺物によって明らかである。桐生市という市名の由来は元来この地方が山間部にあるため朝夕霧の発生が多かったので霧生の名が転化したものといわれ、また、桐の木が良く生えるので桐生の名が生まれたようである。このような桐生市を中心としたのが桐生織物産地であります。
 さて、桐生織物の歴史はいつ頃から始まったかは、はっきりしないが今から1300年余の昔からといわれている。東大寺献物帳によれば、和銅7年(714年)に上野の国(今の群馬県)がはじめて「あしぎぬ」を織って朝廷にさしだしたことや延喜5年(905年)当時の租税制度に上野の国の税金は「あしぎぬ」と定めてあることからも、昔から織物があったことは確かである。元中年間(1384年〜1392年)には産物として上野の国以外に移出した仁田山絹といわれるものがあります。その仁田山絹にまつわる機神伝説(白瀧姫伝説)によれば当時、上野国山田郡仁田山郷といっていた頃(現桐生市川内町)朝廷に仕えていた山田という男子が官女白瀧姫を恋慕い31文字の歌に託して
雲の上   目には見ゆれど 白瀧の
八重に思いと落ちぬ君かな
雲たにも  懸らぬ峰の白瀧を
さのみな恋ひぞ 山田男子よ
雲井から  ついに落ちたる 白瀧を
さのみな恋ひぞ 山田男子よ


切々とうったえた恋は姫の心を動かし、ときの朝廷の目にとまり、許されてかたく結ばれ、夫役満了となり白瀧姫をかれの故郷(現桐生市川内町)に連れて帰り、白瀧姫は里人に養蚕、機織の道を伝えたといわれ、朝廷のご奨励と白瀧姫によって桐生織物の発達の曙光をみるに至ったとされている。
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