桐生織物年表

西 暦 元 号 桐生織物及び関連記事 一 般 記 事
752 天平勝宝4 新田郡淡甘郷より黄あしぎぬ一疋を朝廷に朝貢 東大寺の開眼供養
1333 元弘3 新田義貞の軍旗に仁田山紬を使用  
1548 天文17 13代将軍足利義輝の侍女から仁田山紬・生絹等の注文書が出される  
1590 天正18 桐生領より徳川家康に旗絹を献上 秀吉が全国統一
1591 天正19 桐生新町を安楽土原に創設  
1600 慶長5 合戦の折、桐生領54ヶ村より徳川方に旗絹2410疋を献上 関ヶ原合戦
1605 慶長10 天満宮境内に絹市が開催される  
1643 寛永20 佐羽孫兵衛が絹買次商を開業する  
1646 正保3 桐生絹市が始まる(定期市)。桐生地方の旗絹の上納が金納になる  
1684 貞享元 絹買次商書上家は江戸、京都と取引を開始する  
1692 元禄5 この頃、下山五郎左衛門が京都と絹糸の取引を開始  
1716 享保元 この頃、今泉村小林忠兵衛が地黒染(上絹黒染)を始める 享保の改革
1722 享保7 越後屋桐生店が開業  
1723 享保8 京都の張物師久兵衛が白張法銀手張等の技法を伝える  
1727 享保12 桐生新町の新居峯章が佐野方面織物の国売りを始める  
1731 享保16 桐生絹市が大間々市の前日の3・7市日に変更(旧5・9) ケイ金筬発明
1733 享保18 京都の染師太郎兵衛が桐生に紅染めを伝える ジョン・ケイ(英)がバッタンを発明
1738 元文3 西陣の織物師弥兵衛・吉兵衛が桐生に高機技術を伝える  
1742 寛保2 小友村甚左衛門、邑楽郡川俣より女子機織奉公人を雇用する  
1743 寛保3 中村弥兵衛、西陣の佐兵衛より縮緬を教授され製造  
1744 延享元 西陣の機屋仲間が桐生の新規紋織物の差し止めを幕府に請願  
1746 延享3 桐生の紗綾の生産量10万5千反  
1756 宝暦6 上州紗綾の京都登せ高3万1352疋  
1763 宝暦13 桐生新町新居峯章が紋絽織を製織  
1768 明和5 新居時伝が三河・尾張・美濃方面へ国売りを始める  
1777 安永6 玉上甚右衛門が小紋白張屋を開業  
1782 天明2 この頃、竜紋・精巧平の製造始まる。絹買仲間が結成  
1783 天明3 岩瀬吉兵衛が水車動力の八丁撚糸機を考案する 浅間山噴火
1790 寛政2 西陣の紋工小坂半兵衛、桐生新町の大森金右衛門方で先染女帯地の織り方を伝える  
1797 寛政9 機屋・小紋紺屋仲間が成立  
1800 寛政12   ジャカール(仏)がジャカードを発明
1820 文政3 吉田清助、西陣より紋天鵞絨の技法を伝授される
彦部五兵衛の黒繻子、山藤政八の金襴等が生産される
 
1829 文政12 玉上善右衛門が輪奈天職を製造  
1836 天保7 桐生木綿買次仲間が結成される  
1837 天保8 この頃、桐生地方の織屋数593戸  
1840 天保11 桐生積屋仲間が成立。笠原吉郎、紋罫引器を発明  
1841 天保12 この頃、桐生商人の織物取引高は70万両となる  
1842 天保13 佐羽商店、江戸に支店を設ける  
1846 弘化3 桐生地方の織機5~6000台を数える  
1851 嘉永4 御召縮緬仲間成立。御召の月産12000反を数える ペリー来航
1858 安政5 三井呉服店、桐生産の竜紋数百疋を外国人に売り渡す
生糸の輸出増加で糸価暴騰で桐生機業中絶
 
1859 安政6   横浜開港
1863 文久3 関口周平、三島俊良が西洋染料で御召縮緬の緯糸を染色  
1864 元治元 小野里喜左衛門ハンカチを輸出  
1865 慶應元 江原貞蔵、横浜に絹物店を開き輸出の基礎をつくる
新居喜左衛門、岩下才助、小林芳蔵ら西洋染料を使用
 
1868 明治元 維新景気により近来にない好況 江戸、東京に改称
1869 明治2 買次商小野里商店が開業 廃藩置県
1870 明治3 倭と称する広帯地が流行する  
1872 明治5 新宿村の江原貞蔵が力織機を水車動力で運転するも失敗 官営富岡製糸場開業
西陣、フランスに伝習生派遣
1875 明治8 この頃、桐生では絹綿交織物が最も多く生産される 洋式織法の講習会開催
1877 明治10 森山芳平・星野伝七郎・園田倉十郎が荒木ジャカードを購入
後藤定吉、楊柳縮緬を製織する
荒木小平ジャカードを模造
西南戦争
1878 明治11 星野伝七郎フランス向紋縮緬を製造 東京株式取引所開設
1879 明治12 桑原佐吉、小野里商店の依頼で輸出向け羽二重を創製
森山芳平、科学染色法を学び舎蜜染と宣伝販売する
後藤定吉、観光繻子を製織する
エジソン白熱灯発明
1880 明治13 成愛社設立  
1882 明治15 県連合及び7県連合共進会を桐生新町で開催  
1884 明治17 安楽土村に桐生縮緬会社が設立  
1885 明治18 成愛社で輸入ボイラーによる織物整理を開始する
江原貞助・長清七郎等海気を織る
大日本織物協会設立
1886 明治19 佐羽喜六が外国製ジャカード・ピアノマシンを輸入する
佐羽喜六は徳永半七等と謀りタンタンピース(生繻子)を創製
官吏婦人の洋装流行
1887 明治20 横山嘉兵衛、米仏折衷ジャカードを考案し木製ジャカードを作る
日本織物株式会社設立
京都織物会社設立
1888 明治21 藤生・森山・横山の3人に皇居造営用の織物注文
藤生佐吉郎・高力直寛が木製紋彫機を製作する
市町村制が公布
両毛鉄道小山-桐生間が開通
1889 明治22 日本織物会社に米製撚糸機設置 日本帝国憲法発布
両毛線全通
1891 明治24 境野村石井吉が絹紡績織(富士絹)を製造する
日本織物会社の水力発電により県内初の電灯が灯る
 
1892 明治25 西安楽土に桐生町物産市場会社(下市場)が認可 ビスコース人絹発明される
1893 明治26 桐生商工業組合(織物組合の前身)が設立される
米国シカゴ万博に森山芳平の「四季草花模様卓被」を出品
桐生電灯会社が設立され、桐生町に電灯が点灯
岩崎民三郎が勾配甲斐絹を製造し輸出される
笠原才四郎、木製ピアノマシンを製作
富岡製糸場民間に払い下げ
福井で羽二重検査始まる
1894 明治27 日本織物会社、東京明治座で織り姫繻子の宣伝劇を上演 日清戦争始まる
1896 明治29 飯塚春太郎輸出向きタフタを製造。桐生織物学校開校  
1898 明治31 横山嘉兵衛、毛織物東コートを製織。桐生織物同業組合設立 豊田佐吉、力織機製造
1900 明治33 飯塚春太郎、ドイツ製整経機等準備機を輸入し設置する 生糸・綿糸大暴落
1902 明治35 桐生撚糸合資会社が設立総会  
1905 明治38 桐生の力織機152台  
1907 明治40 堀祐平が人絹糸を使用したリボン織りを初めて製織する
笠原嘉吉、絹綿交織単帯を製織
 
1910 明治43 塩谷亀次郎がドイツ・シェロル製力織機を輸入する 織物消費税実施
1911 明治44 村田兵作が半木製力織機を製造 綿糸大暴落
1914 大正3 桐生より満韓支織物が輸出される  
1915 大正4 村田兵作が村田式力織機を完成  
1916 大正5 飯塚春太郎オーストラリア向けスパン・クレープを製織する
この頃、桐生の力織機1004台
 
1919 大正8 一日制を廃止。織物の生産額4685万円となる  
1921 大正10 飯塚・加藤・松本が人絹糸を交織した女帯を製造する  
1923 大正12 朝鮮向法緞・洋緞類を製織する 関東大震災
1927 昭和2 この年桐生の力織機率50%を超える 金融大恐慌
1929 昭和4 桐生の人絹織物は福井に次いで第2位の生産額を上げる
石北政男、絹人絹交織御召を製織
ニューヨーク株式暴落により
世界大恐慌
1933 昭和8 この頃、桐生織物の需要最盛期 日本国際連盟を脱退
1937 昭和12 桐生織物の生産額、人絹織物の隆盛で最大の産額を記録 日中戦争始まる
1941 昭和16 織機の登録制が実施され桐生では力織機19198台 日米戦争始まる
1942 昭和17 企業整備令により1239工場が126企業グループに集約される 衣料切符制の実施
1943 昭和18 鉄製力織機(14124台)を供出 学徒出陣
1945 昭和20 残存織機5500台で生産再開 戦争終結
1948 昭和23 レーヨンマフラー戦後初めてアフリカに輸出
「織機復元」計画により桐生は3千台余の織機を復元
 
1950 昭和25 織物消費税が廃止される 朝鮮戦争勃発
1952 昭和27 ガチャマン景気により桐生織物戦後最高の売上高(72億円)を記録  
1955 昭和30 この頃より婦人服地の生産始まる  
1962 昭和37 全国織物競技大会で業界初の三部門で団体優勝  
1973 昭和48 輸出織物激減によりインテリア・資材関連に生産転換を図る オイル・ショック
1976 昭和51 この頃、超自動織機(レピア)が織物の主流となる  
1977 昭和52 「桐生織」伝統的工芸品に指定  
1984 昭和59 ダイレクト・ジャカード(コンピューター)設置始まる  
1987 昭和62 業界一本化により桐生織物協同組合設立 国鉄がJRに
為替1ドル128円台に突入
1990 平成2 桐生の織機4015台となる。「桐生織塾」開校  
1994 平成6 群馬県ふるさと伝統工芸品に「桐生織物」が指定される 為替1ドル100円台を突破
1997 平成9 桐生市民文化会館・シルクホールの緞帳などに桐生織物を使用
織物会館(旧館)が、国登録有形文化財に指定される
消費税5%に引き上げ
2003 平成15 織物工場の「のこぎり屋根」シンポジュームを開催